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要求だけすることは運を下げる

えっと、napoです。

 

どうして思うように行かないんだろう。

あれをしたいこれをしたい。

 

望みは色々あります。

そしてそれを叶えるには、他人にお願いすることがほとんどでしょう。何かをしようとするには自分だけで出来ることはないからです。

 

ということで。

○○をしてください。○○を行うので○○に来てください。

と、他人に依頼します。

でもそれって、何気に他人に対する要求だったりします。

 

私は音楽もやっています。

ライブをするにはお客さんに来てもらう必要があります。場所代もかかるし誰もいないところで出来ないし。

 

知り合いになると、”ライブのお誘い”があります。

メールで、SNSで、それも何回も。

でもライブに行く方はお金もかかるし時間もかかるし。

 

取り敢えず行って翌日お礼メールが来るのですが、なんと、こんな音楽活動しているので何か参加できそうなライブやイベントがあったら呼んでください、って。。。

お金を使ってもらったお客に営業ですか。

ありがごうとざいます、だけでよいでしょう。

 

じゃああなたは私のライブ情報、伝えても無視でしょう。

今回は私が頼むこともあったので義理で行ったのです。結構なお金も使って。

まあ一度限りで二度はないですが。

 

実はここには二つのことがあります。

 

まずは相手の問題です。

恐らく自分でも気が付かないで”要求”、つまり相手に負担を強いることを言っていることです。

 

次に私自身の問題です。

要求が負担になるのは、それを私自身が望んでいないからです。

彼らの音楽には全く興味がないのです。

技術的には下手ではありません、アマチュアと言えど練習を重ねて何度もイベントやフェスなども出ているからです。

 

お世話になることもあるからと、私自身が義理でライブに行ったわけですが、何度もライブの誘いやSNSでの招待がうんざりするものなってしまったのです。

 

ここで思うこと。

 

私は言ってほしかったのですね。

来てくれてありがとうございます。次に何かあれば出演者として呼びますよ、と。

 

要求に対し、私は義理だったために見返りを求めました。

相手は要求していることや相手の負担に気が付かずにしつこく勧誘しお礼と言いつつさらに要求をしてしまった。

 

私が彼らのライブに行くことはもうないでしょう。

 

私自身は覚悟を決めなければならない、何かをしてもらうために自分の興味のないことはしないと。

同時に考えなければならないのですね、与えるということはどういうことかということを。

 

人は要求ばかりしてくる人が嫌いです、負担がかかるからです。

これって、何気に無意識にしていることがとても多いと思うのです。

結果、物事が思うように進まないとか、ビジネスならば商品が売れないとかイベントに人が来ないとか、になっていきます。

 

運、って結局人間社会の中で回っていることなんですよね。

だから幸運も不運も人からもらうのですが同時に”自分も他人にそれらを与えている”のです

 

商品が売れるのは、それを買う人がその商品に興味があったり好きだったリスからです。

誰かのコンサート、ライブに行きたい、というのもその誰かをその人が好きだからです。

 

好きになるっていうのは、楽しいな、面白いな、便利だな、カッコいいな、などその人に満足を与えることが出来ているからです。

満足を与える、難しそうですが実はそれほど難しいことではありません。

 

要求しても良いのですが、その時大切なこと2つがあります。

自分にできることを一生懸命やって心から感謝だけすることです。

心から感謝をしていれば、自分も何かあったら相手に何かしてあげるよ、という気持ちが芽生え、それが相手に感動を与えるのです。

 

もう一つ、give(与える)& take(受け取る)と言います。
これ、与えるが先に来ています。つまりもらうことばかり考えるのではなく先に与えることが必要だ、ということです。

 

ただ、与えるということもまたがんばると大変ですから、自分に負担にならない程度の軽いことをしてみる、で良いと思います。

それをしていると、その習慣はその人の心になりそれが外に表現されます。人が見る外見というのは、顔の造作やスタイルだけではないのですね。

結果、何となく感じの良い人だな、になり、困ったときに助けてもらえたりします。

 

もらおう×2を意識をもってやめてみる、自分に出来る軽い親切と感謝、これだけで運はとっても上がると思うのです。

 

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