感銘した、富岡製糸工場と横須賀ヴェルニー記念館とそして

えっと、napoです

 

二日続けて、群馬県富岡市にある世界遺産「富岡製糸工場」と神奈川県横須賀市に行ってきました。

www.tomioka-silk.jp

 

女工哀史のイメージが強いかもしれませんが、この富岡製糸工場は、現在とそれほど変わらない労働条件でした。

日曜日休みを取り入れ、盆と正月も休暇があります。

仕事の能率を上げるために、7時間45分の労働時間と合間の体操。。。

そして、女性たちがとてもイキイキと働いていました。

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こちらは工場の建物です。とても広いです、そしてフランス式のレンガ造りと言う「フランス積み」、当時の明治政府が取り入れた工法です。

フランスのレンガの積み方で作られているのでそんな呼ばれ方をしているみたいです。

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他にも、大量の水を使用するため、鉄の巨大な水槽が作られ400トンの水をためておくことが出来たとか。

この鉄の巨大な水槽は造船技術を使って作られました。

そして、レンガも同じ場所で焼いたものを使用しました。

※詳しくはホームページで

 

初めて群馬県に行ったのもあり、青春18きっぷの使用だったので”遠かった!”の印象でした。

 

そして翌日、神奈川県の横須賀に行きました。

まず横須賀駅に着いて、猿島に行きたかったのですが取り敢えず近くの「ヴェルニー記念館」がすぐ近くにあったので、何だろうと思って入りました。

 

ここは、横須賀製鉄所に協力したヴェルニー氏の記念館だったんですね。

でもって私は全く知らずに入ったんですけど、あ!

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つまり、この横須賀で作られた鉄の巨大水槽とレンガが、富岡製糸工場で使われていたんですよね。

何も考えてなくてたまたまの旅行だったのですが、へ~、と一人で感激しておりました。

でも、家に帰って横須賀のホームページを見たら書いてありました。。。

 

実はまだ続きがあります。

 

この後、猿島に行きました。

猿島へ行くには三笠公園から出ている船で行きます。

ちなみに三笠公園は、日本海海戦ロシア海軍バルチック艦隊と交戦した戦艦「三笠」と指揮官だった東郷平八郎銅像があります。

ギリギリの戦いで日本は多大なる犠牲を出しましたが、世界史を変える大きな出来事でした。

 

そして、桟橋から船で「猿島」へ。

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この猿島は、大東亜戦争時に東京を守るための要塞として砲台が置かれていました。軍艦島ですね。

砲台の跡が下の写真ですが、この砲台から届く距離は地上5400メートルだそうです。

でも、B29の高度は爆弾を積んでいるときに9000メートルだったそうで実はとても米軍に太刀打ちできるものではなかったんですね。

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これは何の後なのかは分かりませんでしたが。

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あと、島の中を歩いていると下記のようなレンガ造りの壁がかなり長く出現します。

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で、このレンガの壁って「フランス積み」なのです。

そして戦争に負けた日本。。。

 

ってことで、私は自分が今回2日続けて旅したものが全く意識していなかったのに実はつながっていたことに驚愕してしまいました。

つまり、日本の産業の幕開けから戦争までの歴史のつながりの一つを見て来ていました。

 

偶然なんてなくて、歴史はいつも必然だと教えてくれるものでもありました。

 

そして、結構ここに行くのに時間が合わなくて待つことが多かったです。

三笠公園に着いたとき、猿島の船の時間が結構あったので近くをぐるっと歩いておりました。

あまりに熱いので水を買おうと入ったお店の女性の店員の方に、お金を下ろすためのコンビニがあるかを聞いていたところ、何となく話し込んでしまいました。

 

茶髪でお元気そう、って書けば何が言いたいかお分かりでしょうか。

なんと!89歳とおっしゃるではありませんか。私の倍以上の方でビックリでしたが、車クルマでお店に出勤していると聞いてさらにビックリ!

”気楽な一人旅ですよ、結婚もせずに(笑)”なんて私が話すと”でもいままで苦労してここまで来たんじゃないですか”とおっしゃったのです。

 

”なんで分かるんだろう。。。”

 

占いを勉強し色んな方を見てきたはず、でもやっぱり人生経験のある、そして自分の足でしっかり今も人生を歩んでいる方には全くかなわない、と感じました。

もう少し話を聞きたかったのですがお客さんが来たのでここでお店を出ました。

 

歴史を感じ、つながりを感じ、印象的な出会いが出来た旅でした。